四畳半神話体系

『四畳半神話体系』森見登美彦著

著書は、とある男子大学生が、「三回生の春までの二年間、実益のあることなど何一つしていないことを断言しておこう。」と気づいて一念発起したものの、敵か味方か判然としない、あるいは何を考えているか謎めいている主に学内の登場人物に翻弄されながら、それでも有意義なキャンパスライフを完遂するために奔走する物語です。
学生生活といえば、最初に選択肢をいくつか提示されます。まず、誰と仲良くなって行動を共にするのか、どのサークルまたは部活に入部するか、どこの下宿に入るか、どこの店舗とアルバイト雇用契約を締結するか、なのですが、主人公はことごとくすべての選択を、本人の主観から観れば、誤ります。
本人いわく、「異性との健全な交際、学問への精進、肉体への鍛錬など、社会的有為の人材となるための布石の数々をことごとくはずし、異性からの孤立、学問の放棄、肉体の衰弱化などの打たんでも良い布石を狙い澄まして打ちまくってきたのは、なにゆえであるか。」と後悔するところから物語は始まります。
懺悔はまだ続き、「生後間もない頃の私は純粋無垢の権化であり、光源氏(ひかるげんじ)の赤子時代もかくやと思われる愛らしさ、邪念のかけらもないその笑顔は郷里の山野を愛の光で満たしたと言われる。それが今はどうであろう。鏡を眺めるたびに怒りに駆られる。なにゆえおまえはそんなことになってしまったのだ。これが現時点におけるお前の総決算だというのか。」と、どうやら自分の不甲斐なさに悶々としているようですが、果たして今日び、純粋無垢の例えで光源氏を挙げる学生は存在しないだろうし、郷里の山野を云々のくだりも、おそらく著者は読者を笑わしにかかられているのではないかと疑わざるを得ません。現に、その遠回しにふざけた言い回しからはそこはかとない緩やかな笑いが生じてしまいます。
主人公は「下鴨幽水荘(しもがもゆうすいそう)」と呼称されるネーミングセンス抜群の下宿に住んでおり、そこの住人であり同じ大学の八回生である男と、ある屋台で出くわします。
その男は、「ナイアガラ瀑布が逆流するような迫力で麺をすす」り「『貴君』
と、ひどく古風な言葉で呼びかけてき」たかと思えば主人公の顔を眺めて、「『うんうん』と頷いたり、『そうか、君かあ』と納得したりして」主人公は、「異様な親しみを見せる男を不気味に感じた。ひょっとすると十年前に生き別れた兄かと考えたが、兄とは生き別れていないし、そもそも私に兄はいない。」とやはりふざけています。
そして、秀逸であるのは、第一話が終了して第二話が始まったとき、冒頭の「三回生の春までの二年間、実益のあることなど何一つしていないことを断言しておこう。」から一連の後悔、懺悔が始まり、何事もなかったかのように主人公は大学一回生からキャンパスライフを始めます。ただし、主人公は前話の記憶を引き継いではおらず、図らずも前話とは異なった選択をし、結果的に異なる結末を迎えます。
つまり、主人公は何度も自分が納得いくまで時間を遡って、同じ時間軸を繰り返していることになり、ジャンルとしては量子力学上のパラレルワールド(並行世界)や、いわゆるタイムリープものと定義することができます。
結局、主人公は都合、四話、よって少なくとも四回は同じ大学生活をやり直しているのですが、毎回、主人公の思惑や周囲の登場人物のはかりごとが概ね外れ、そのたびに読者に笑いを与えてくれます。
読者は、にやにや笑いながら、いつのまにか主人公の本願が成就することを応援してしまっていること請け合いでしょう。

 

 

 司法書士・行政書士 坂ア(坂崎)徳夫 総合法務事務所(有限会社 丸江商事 併設)
 代表 坂ア(坂崎) 徳夫(さかざきのりお)
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